「レッスンを受ける」・「レッスンに出す」という事。
以前書いたことの一つでもありますが
再度、思った事があります。
ぽつぽつと書いてみます。
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・「レッスンを受ける」という事
演奏をする機会があると、色々な方に合います。
音楽・演奏の会話がすんなり合う方々がいる一方
その方・団体の音楽・演奏の会話が理解できない事もあります。
その度に、自分の理解が足りないのか、おかしいのか?
自分が間違っていないか? 事件は起こしていないか?
不安になったりします。
そんな時
自分の信頼する方と一緒に演奏して
自分が今、オーソドックスであるかを確認することがあります。
時には、私が信頼している方に自分の状態を見ていただき、レッスンしていただくこともあります。
私、よく思います。
「アカデミックな訓練と経験を積んてハッキリものを言える、そして、渡自身も信頼を寄せる方が近いところいてくれて良かった。」
日本のトップクラスと言われる中に入ってしまった方々は
何かに疑問を持った時、どうのように解決していくのでしょう。
自分で考える、仲間と考えるのか・・・?
その点、自分は恵まれている!笑!
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自分がレッスンを受ける・・・レッスン代を払うという事は
「自分に何か足りないものの指摘、あるべき方向を示してください」
「あなたのいう事は、まずは受け入れてみます」
と言っているようなものだと思います。
レッスンとは、自分の足りないところを指摘してもらいに行くようなもの。
相当きついことを言われることもありますが(ありましたが)
それは当然です。
先生方だって人間だもの
本来、自分が嫌われるようなことは言いたくない。
マイナス部分を指摘するという
「人間関係を悪くしそうな内容を含んでいるもの」
は、できれば避けたいと思うはずです。
良好な関係が無いと、改善が難しくなります。
指摘しても良好な関係が維持できそうな人には
色々アドバイスしてくれるし
そうでない人には、
良好な関係が崩れない程度にアドバイスする。
またはしない方もあるかもしれません。
その場合は、レッスンそのもを行わないということになります。
お互いの時間が勿体ないですからね。
信頼している方からの的を得た指摘は、ありがたいことだと思っています。
自分自身もできるだけ、良好な関係が続くよう「普通にしていられるよう」努力していこうと思います。
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「昔学んだ知識」だけで生きているいる・・・ありがちな話
昔、学んだ事だけで、自分が正しく生きていけると思うのは、本当に危険だと感じます。
昔学んだこと・・・主に学生時代の事になると思いますが
それは自分の力だけでなく、大変多くの事を知っている先生方や色々な方にサポートしてもらいながら
その時を過ごすことができた事が多いと思います。
自立していく為の、一部の基礎を習っているだけかもしれません。
卒業後、アカデミックな訓練(筋の良い経験者の元で)を積んでいき
ようやく「普通・・・オーソドックスになる」のかもしれません。
アカデミックな訓練していかずに、自分の勝手な判断と憶測で行動をして、
誰も指摘してくれないような行動をとっていると・・・。
自分でも気を付けよう・・・。
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一般大学でもそうだと思うのですが
大学を出ても、簡単に戦力にならないですよね。
その時は強気で精いっぱい活躍しているつもりでも、周囲を振り回していただけなんていう事は結構ありがち。
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音大コントラバスで例えてみるなら、通常、大学でアカデミックに勉強するなんてたかだか4年。
4年位勉強したから、もう一生アカデミックな指摘をされることが無くて良いなんていうのは
危なすぎます。
音楽も、日々進歩しています。
以前勉強したことは基礎ではあっても、ベストではない。
昔の力を維持しているだけというのなら、
どんどん新しい技術が出ている全体から見れば「下手になっている」という事です。
やはり、的確な指摘とアドバイスをしてくれる方が近いところにいるという事は
とても大切だと思うのです。
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・「レッスンに出す」という事
話が変わります。
今年は、「教えている生徒を外部のレッスンに出す」という体験を初めてさせていただきました。
外部にレッスンに出す直前に私が生徒に伝えたのは、技術的・音楽的内容以外の事でした。
自分でもびっくりしました。
「謝礼を渡すときには、袋に入れて、できれば綺麗なものを入れてね」
「白い封筒であって、手紙の封筒とは違うからね!」
「白い封筒でない場合は、その人との関係で許容範囲を考えて選ぶこと。」
「レッスン謝礼渡すのは、普通は最後かもしれないけれど、忘れるくらいならレッスン前に渡してもいい。」
(今回は銀行振り込みだったので、常識として伝えた内容↑)
「レッスン時間になってから準備するのではなくて、呼ばれたらすぐ弾けるようにスタンバイしておく。」
「準備は手早く!」
「先生の前でチューニングで時間かけない。予めチューニングしておく。先生の前でやるのは最終確認のチューニングだけにして。」
「鉛筆、消しゴム!」
「コピー譜1枚でレッスンは受けない」
「コピー譜でレッスンを受けるのは嫌われるから、楽譜を購入したうえでコピー譜も使っていることをなんとなくアピールして!」
「人前で弾くときは伴奏譜も用意!」
「あまりとろとろしていると、せっかちな先生は良く思わない。普通に慌てず、ササッと行動!」
「時間内に終わるためにも、レッスンの最中に自分の練習を始めない!」
「教則本は必ず持っていく! 先生に物を借りないとレッスンできない状態は論外! 」
等という、当たり前の事ばかり・・・。
人前に出すという事は、
「礼儀があり、きちんと当たり前とされている行動ができる事」
なのだと、はっきり理解しました。
こういった事を伝えると反感を示す方がいるので、
関係が悪くなりそうな人にはこういった事、本当は言いたくないんですよね・・・。
でも、ウチのレッスンから外部に出すとなると、絶対伝えなければならない・・・
先方に失礼があってはならない。
今回の生徒さんは、素直に聞いてくれるタイプだったので、本当に助かりました。ホッ。
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小さい頃からレッスンを受け慣れている子なら
当然のこととして躾けられている内容です。
大人の我々も
「プライド」「プライベートな指摘だ」
なんてこと言っていないで
できると良いなと思います。
因みに、上記注意内容は、私自身が師匠から指摘された事も含まれています。
先生、本当にありがとうございました。
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まあ、今回は、タラタラと書いてみました。
まとまりなく、すみません。
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余談ですが
先日、私自身がBACH曲を持ってレッスンに行ってきました。
「楽譜上、弓順でスラー・・・一弓になっているところを、ボウチェンジ(切って弾く)という事に対して、どのように考えていますか?」
と先生に聞いた時
「一音一音切って弾く・・・デタシェというのは、スラーがセパレートされたものと思っている」
「アンナマグダレーナの書いた原本と言われているものには、元々スラーがついていない」
というアドバイスを頂きました。
「何故、その版ではスラーになったのか考えてみる」
「ボウチェンジをしても、スラーの様に弾けるのが本来の姿ではないか」
という事を気付かせてもらいました。
また、ちょっと、家でさらうのが楽しみになるレッスンでした。
レッスンって、私は良いものだと思うわ~。
次回のレッスンが来るのが楽しみになるまで、数十年かかりましたけど!
(いまだに弾き始めは結構大変です)